冬、内面を旅するのにふさわしい季節
冬至は、一年の中で最も暗く、日中の時間が短い日です。このため、日中の時間が長くなり、明るさへと戻っていくことを祝福する日として、人間にとっての目印となってきました。しかし、涼しい気候に暮らしている私たちにとって、冬至とは、実際には一年の中でも寒くて暗い時期の始まりに過ぎません。
秋や冬になり、樹から葉が落ちて、生命力が大地の中心へと引き込まれるにつれ、あらゆる生き物が内側に引き寄せられ、資源を保存するプロセスを開始します。ヨガの経典には、実践の経過においても、感覚が外部に向かなくなり、注意が内側へ向いている時、同じようなプロセスが起きると記されています。パタンジャリは、このプロセスをプラティヤハーラ(感覚の撤退:制感)と呼びました。
亀が甲羅の中にその手足を引っ込めるように、ヨギーは自分の体、心、ハートの中へ注意を引き入れ、そこに何があるのかを探求します。冬は、この内面への旅を行うのにふさわしい時期です。日中の後に夜がやってくるように、夏の活動的な時間に続いて冬の静穏さがやってきて、暗闇と眠りを通して、私たちを癒し、再び活気を与えてくれるのです。冬は内省したり、執筆や休息、実践の時間になり得ます。そして春、大地がやわらぎ、温まる時、私たちは世界を探求するために出かけ、冬に夢見たヴィジョンを表現し始めるのです。
言うまでもなく、私たちは冬の間中、していることをすべて止めて冬ごもりすることはできません。しかし、キャンドルを灯して、気持ちが落ち着くような温かい食事をしたり、のんびりと、自分の愛する人達と親しくくつろいだ時間を過ごすことはできます。ヨガ教師として、クラスを季節の有機的なリズムに合わせることで、私たちは生徒をこのプロセスへと導くことができます。例えば、(熊のように)呼吸をゆっくりと深くしたり、(雪がやさしく大地に降り積もるように)心を静めたり、(リスが巣の中に潜り込むように)ハートの洞窟に腰を降ろしたりする恩恵にアクセスしたり、教えることができるでしょう。私たちは、冬の原理を体現化し、その質を生徒に伝えることができるのです。
自然の中に潜む知恵
ヨガにおいては、会話している時、テレビを見ている時、車を運転している時などに起きる、外向きの注意の流れをアパーナと呼びます。プラーナとは、エネルギーの内向きの流れを言います。ヨガクラスに来た時、アパーナはたいてい強くなっています。アーサナと呼吸法を45分した後、私たちの意識は内側へと移行します。目を閉じるのが容易になり、思考はスローダウンし、体の感覚に落ち着いていることができます。プラーナが、私たちをリラックスさせ、統合やヨガニドラー、そして私たちの元気を取り戻す夢見の状態へと移行できるようにするのです。
アーユルヴェーダの教えでは、多くの病は、それが身体的、心理的、もしくは精神的な「不快」のどれに根ざしていたとしても、自然のサイクルから離れていたり、それとの調和を欠いていたりすることに起因するとされています。私たちは夜遅くまで起きて、明るい画面を見ているので、眠りを誘うメラトニンの自然な放出が妨げられています。冬には、内側へと引き込む自然な働きがあり、心の絶え間ない活動や外へと向かう注意に、本当に必要なバランスをもたらします。日中と夏が「すること(doing)」の時間だとすると、夜間と冬は、「あること(being)」のための時間を象徴しています。
ノルウェーでは、日中が短くなり、冬が長くなるにもかかわらず、季節のもつ情動障害率は米国より著しく高いわけではありません。最近の研究では、その理由は生理的なものというより、文化的なものだと報告されています。ノルウェーの人々は、スキーをしたり、野外で過ごす時間をもつだけでなく、くつろいで温かい飲み物を飲んだり、暖炉を灯したり、友達や家族と過ごすことを楽しむ傾向があります。冬がもつ自然美を愛でることが、彼らの文化なのです。
私たちは教師として、他の何よりも、人々が、一瞬一瞬が与えてくれる可能性を見ることが出来るようサポートしています。自然の中に潜んでいる知恵に対し、オープンでいられるよう生徒を導きましょう。バランスをとることや癒やしという冬がもたらす機会に心を注ぐ時、私たちは暗闇の季節を輝かせることができるのです。
[Practice2015年冬号より引用]
2019-12-16
カテゴリ: Kripalu Newsletter