Kripalu Newsletter - ヨガとトラウマ 〜『セラピストのためのヨガスキル』からの引用

もし、ある人が深刻な心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状を訴えていたら、どんなヨガクラスが最適でしょうか?

PTSDに苦しむ人をガイドするときは、「ゆっくり」がキーワードです。性的な要因であってもなくても、トラウマは肉体に記憶や緊張を残します。性的トラウマを負う人々は、肉体の中で生きることを安全と感じないことがあります。このようなクライアントたちは、自分を守るために首から上だけで生きようとしていることがよくあります。

こうしたクライアントに、再度、自分の肉体を取り戻してもらうためには、ジェントルなヨガが役立ちます。感覚と呼吸にマインドフルに注意を向けながら、肉体に気づきを向けたり、肉体をスキャンするエクササイズや、肉体を感じるヨガが、PTSDで悩む人たちにとっては極めて重要な練習となります。肉体の中で再度生きることは不安を伴うこともありますが、心と体を繋げ、癒しを始めるのに、ヨガは安全な方法の一つとなります。

ファースト・ステップ

PTSDで悩む人々へのファースト・ステップとして向いている、肉体を感じるヨガでは、ゆっくりした瞑想的な動きを入れ、グラウンディングに重きをおきましょう。

クラスの最中には、生徒たちに肉体の感覚に注意を向けるよう促しましょう。効果的な方法は、たくさんの神経が集まっている唇や指、手のひら、足などの部位や、それまでに動かしていた関連部位に注意を向けるようガイドすることです。

肉体を感じるヨガでは、ゴールはありません。安全を確保するための基本的なルールを除いて、ポーズを取る正しい方法や間違った方法というものはありません。生徒は間違った動きなどないと感じるように促されます。自分に合わせた調整や自由に動くことが完全に許可されています。肉体を感じるヨガをグループとして体験する場合、生徒は教師のガイドをそれぞれに合うように解釈してもいいのです。

クラスの最中、教師が感覚を深く探求するように勇気づけることで、生徒は自分の肉体の中で、今に留まるように促されていきます。この肉体を中心とした瞬間を体感することで、肉体を安全な場としていられるようになるのです。

ジャン・クラインによって開発されたこのヨガスタイルのシニア教師は、心理学者のリチャード・ミラーとカナダのジョアン・ルヴィンスキーです。アライメントを中心とするヨガでも、起こってくる感覚に注意を向けるように指導することで、肉体を感じるヨガのアプローチは可能です。さまざまなヨガスクールでは実際、優れた教師たちがこの方法を採用しています。

【トラウマを抱える、34歳のリンダの症例】
臨床社会福祉士のシェリー・ルービンは、フィラデルフィア近郊でヨガセラピーと30年以上心理療法を施してきました。34歳のリンダが彼女を訪れたとき、リンダのトラウマと喪失の経験があまりに辛く、話すだけでも恐怖を引き起こすほどでした。

リンダは7歳の時、祖父から性的虐待を受け、14歳でレイプされ、17歳の時にはボーイフレンドを交通事故で亡くしました。ボーイフレンドに泊まることを拒否した帰り道に起こった事故だったので、彼女は自分を責めました。一人で娘を育てながらも、もう一人の子どもは養子縁組に出したので、その喪失感に苦しんでいました。シェリーを訪れた時のリンダは、最後の数ヶ月を看病した姉がガンで亡くなった後のことでした。

シェリーが彼女の過去を知る前から、リンダは長い期間セラピーを受けていました。最初のセッションで、リンダは亡くなって間もない姉のことを口にすることさえできない状態でした。その続きのセッションでリンダは過去の出来事を話そうとしましたが、シェリーはリンダの息が非常に浅く、息を止めようとしており、その動揺はパニックを伴うような過去の出来事の話をするときに最もひどく起こりました。シェリー曰く、「私のアプローチに関係なく、私が彼女のPTSDの症状を引き起こしていたのです。」のちにパニックやPTSDの症状は、オフィスという環境、リンダの持つ恐怖感、また、話さないと治らないとリンダが思い込んでいたことなどが総合して起こっていたことがわかりました。

シェリーは、「リンダの神経系統は落ち着きを必要としていて、重荷にアプローチするタイミングや、それらからあえて離れて置いておくタイミングを彼女がわからないうちは、終わりのないトラウマ再体験を繰り返すだけだと感じました。特に彼女が自分を落ち着ける術を知らないことも深刻でした」と言います。「EMDR(*1)やEFT(*2)といった心理療法も勧めましたが、聞き慣れない名称にリンダはかえって緊張してしまったのです。一方で、私が『すべてのトラウマは話すことによってのみ癒されるわけではない』と伝えると、彼女は驚き、同時にほっとしたようでした。神経を落ち着かせる方法がわからないうちは、つらいトラウマの話をするのはかえってよくない、と彼女に伝えました。」

シェリーはまず呼吸からアプローチし始めました。吸う息に合うように、もっとたくさん息を吐くように指導し、息を吐く時間を長く持つようにガイドしました。そして想像力(バーバナ)を使って心の中で落ち着く神聖な場所を作るよう薦めました。平穏で美しく、心地のよい場所です。リンダを少しは楽にさせることができましたが、それでもオフィスという環境でのセッションは、回復というより難航を意味するとシェリーは感じました。「リンダは散歩をするなど自然の中で時間を過ごすようにしていたので、近くにある木が生い茂った湖を薦め、それ以降はそこが私の”湖オフィス”となったのです。」

公園でシェリーはタダ・アーサナ(山のポーズ)をリンダに教えました。多くのセラピストがクライアントをグラウンディングさせるためにオフィスでよく使うポーズです。シェリーは「自分の足」を感じ、地面=母なる大地と繋がっている感覚に気づくようガイドすることから始め、数センチ単位で細かくタダ・アーサナを指導し、大地に支えられエネルギーが彼女の肉体を流れていることに意識を向けさせました。「リンダの持つすべての痛みを抱えても、まだ余裕のある湖の水や周りの木に助けられ、彼女はパニックに陥ることなく少しずつ言葉を発するようになりました。そして彼女の過去が浮かび上がりました。」

シェリーはリンダにやりたいことや意図(サンカルパ)を見つけるように促し、人生の大きな絵を描くよう勧めました。これらがはっきりすれば、リンダがどのような選択を取るべきなのかを教えてくれるコンパスになります。リンダは破壊的な行動や危害を加える人たちに引き寄せられていましたが、「これは自分の人生で実現したいことに近づけるのか、遠ざかるのか、それともここに留まらせるのか」と、自分自身に問いかけることもできるのです。

「リンダはいつも頑張って努力を怠らないのですが、シンプルなヨガの手法を通じて自分の肉体に波長を合わせ、耳を傾けることで、統合的で癒された自分自身へ戻れると信じられるようになっています。私たちは共に、より少ないことでより多くを得ることを学んでいるのです」とシェリーは言います。

*1 Eye Movement Desensitization and Reprocessing
*2 Emotional Freedom Techniques

セカンド・ステップの可能性

教師と生徒の信頼度が高まったら、ヨガを違った治療法として活用できます。

資格あるヨガ教師やセラピストが安全性を確保したクラスや個人セッションを行う場合は、長くホールドすることで肉体に閉じ込められたトラウマや喪失感を解放させることができます。ひとつのポーズを長くホールドすることは最初のセッションではよくないですし、深刻なPTSDを抱える人がいるクラスや個人セッションではやらないほうがいいでしょう。もちろん生徒に準備ができていて、トラウマ治療に長けた精神科医のプロがその場にいるなら話は別です。

ポーズを長くホールドすることで、緊張や肉体に閉じ込められたトラウマを深いレベルで解放することを促すことがあります。その体験は物語としての「ストーリー」ではありません。むしろ、肉体的、感情的、精神的な体(ボディ)からの解放であり、ストーリーが含まれないようにすることです。そのために、ファシリテーターは生徒が言葉や分析に捕われないように、そして、何も感じないということがないように、肉体感覚と共にいるように伝えることが重要です。

治癒的な長いホールディングは、古くから癖になっている肉体のパターンを解放すること、特に骨盤や腰筋などのコアに滞っている緊張を解放するには最適といえるでしょう。腰筋は、唯一、腰の周りで前にも後ろにも、上にも下にも伸びる筋肉です。私たちの腰筋は驚くほど固くなることがよくあります。長期のトラウマによって、この部位の筋肉が締めつける癖がつくこともあり、それが横隔膜やヒップ、骨盤、そして、生殖器にまで影響を与えることがあります。特に何の感情も感じなくても、この部分で震えが実際に起きると、コアに留まっていた緊張を揺すぶり解放していくことがあります。

ゴール

ヨガのテクニックを心理療法やヨガセラピーに活用するとき、その目標は問題を解決することではありません。受け入れ、認め、そして学ぶことがそのゴールです。

私たちは生徒やクライアントに、時代を超越したヨガの知恵をツールとして提供し、純粋で、自然で、常に完璧で、常に安全な彼らの本来の状態を実現する障害となるものを取り除く手助けをしているのです。ヨガに根ざしたスキルをセラピーに応用することで、悩み苦しむ人々を教育しているのです。

生涯に渡って使えるセルフケアの方法を提供するだけでなく、同様に重要なのは、自分自身の全存在を察する実感を曇らす障害物を取り除くツールを与えることで、彼らの真の姿を思い出させているのです。


Amy Weintraub(エイミー・ウェイントラウブ)
MFA, E-RYT 500, YACEP, C-IAYT
「ライフ・フォース・ヨガ」ヒーリング・インスティテュートの創始者。ムード・マネージメントのためのライフ・フォース・ヨガのプロを養成する研修を指導。エイミーの指導する「証拠をベースにしたヨガ」の方法はDVD シリーズ「Life Force Yoga to Beat the Blues」に収録されている。

本稿は、W.W.ノートンから出版された『セラピストのためのヨガスキル』(Yoga Skills for Therapists)からの引用です。同書は、実用的で実際に使える詳細な方法を記したガイド本です。ヒーリング分野で活躍するセラピストのために、時代を超えたヨガの教えを医療現場においてマットなしでも使える応用法を紹介しています。ヨガのやり方でセラピスト自身やクライエントに基本的なムード・マネージメントやトラウマ解消をサポートするための深い理解をヨガ教師やヨガセラピスト、また臨床医に与えてくれます。
[クリパルセンター発行のYoga Bulletin2012より引用]

【トラウマとヨガに関心のある方へ】
ヨガ教師向けプログラムのご案内

特別プログラム「マインドフルネスとトラウマから見る クリパルヨガの持つ可能性」

トラウマの心理学においても、最近はマインドフルネスの重要性が語られています。クリパルヨガを実践する中で、心の痛みに触れたり、慈愛を感じたりしながら癒された体験をした人も多いと思います。トラウマ理論をよく理解して、身体を感じることやマインドフルネスの果たす役目について知ることで、皆さんの体験も整理されるでしょう。

日 程:2019年10月13日(日) 10:00-17:30
指 導:松村憲(クリパルセンター公認ヨガ教師、臨床心理士、PWI認定プロセスワーカー)

詳細はこちら

2019-08-07

カテゴリ: Kripalu Newsletter

 

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