アーユルヴェーダの日々 - 泣き笑う現実を生きる:瞑想リトリートにて

毎年この時期に10日間の瞑想に行かせてもらっているが、今年は合間の休憩時間に、こんなことに気づいた。晴れの日は、「よい」天気。雨の日は「悪い」天気と、無意識に区別して天気を捉えることが多いなぁと。でも現実は、それはただ、変化しているだけなのだ。太陽と水と風が、変化して表われては消えているだけ。風が吹いても、あるときは涼しいと喜び、別の時には寒いと嫌がる。ただ風は吹いているだけなのに、、、そんな思いで風の中に立っていたら、子どものことを思い出した。
子どもにも、ニコニコ笑顔の「よい」機嫌と、ぐずったり泣いたりする「悪い」機嫌があると捉えていた。そして出来るだけ笑っていてほしいと、私は願っていた。しかし、たった3歳でも、生きているうちには「笑う」こともあれば、「泣く」こともある。それは、自然で、避けられないことで、現実で、そして、笑顔も泣き顔も、永遠には続かないのだ。必ず変化する。私はそれに抗って、自分を不快にする泣き声や叫び声を止めさせようとしてた。

同じように、最近、電車の中や、お店の中で、見ず知らずの人同士がいがみ合うのを見ることが多かった。「皆に平安でいてほしい」と思っているのに、そうでないことが起こって苛立ったり、悲しんだりしているのは、誰でもない私自身だった。震災や原発問題、起こってほしくないことが起こっている、その現実が嫌だと抵抗しているのも私自身だ。思い通りにならない現実の苦しみ、それに嫌悪という反応繰り返すのではなく、その感覚を感じて、見つめて、そしてそれもいつか必ず変わるという自然の摂理に委ねるというプロセスと、それを体験的に理解しようとする瞑想のアプローチは、まさにクリパルヨガで実践していることと同じことだった。

晴れた日も在れば、雨の日もある。
笑う日も在れば、泣く日もある。
喜びと苦しみは、どちらも、ある。

そのままで、いいのだ。
子どもの幸せを願うなら、そういう幸せのあり方を子どもに示したいと思った。

瞑想10日目の昼過ぎ、夫から電話が入り、一日早く自宅に帰ることになった。子どもが水疱瘡になったとのこと。帰宅後、かゆみや熱で、泣き苦しむ子どもと一緒に過ごしながら、またこのことを練習し直したのだった。子どもの感覚も生まれ、消え、変わる。またそれに対して私の中に起こる感覚もまた、同じように変わるのだ。

2011-06-21

カテゴリ: アーユルヴェーダの日々

 

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