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Kripalu Newsletter - なぜ瞑想するのか

瞑想はヨガの中心となる実践でありながら、多くのヨガ実践者にとって、静かに座るのは難しいものです。

今回は、クリパルセンターを代表するシニア教師ブラーマニー・リーブマンとジャショダ・エドモンドが、瞑想について語るインタビュー記事をお届けします。
日本で最初のクリパルヨガ教師トレーニングのディレクターでもある2人は、2016年11月に再来日し、陰ヨガ教師トレーニングやクリパル教師向けのリトリートを指導してくれました。


[写真左:ブラーマニー・リーブマン、写真右:ジャショダ・エドモンド]

継続的にヨガを実践する人は今とても多いですね。でも、定期的に瞑想を練習している人はごくわずかなんじゃないかと思うんです。ヨガの道として瞑想にはどういった重要性があるのでしょう?

[ジャショダ] 瞑想なくして、提供されるすべてのものを受け取ることはできないでしょう。ハタヨガの実践は、実は、瞑想して座っていられる体になるための浄化なのです。ヨガスートラには、ハタヨガについて2つの文章しかありません。残りはすべて、哲学や私たちが自分たちの奥深くの部分、いわゆる神性、宇宙、絶対者、より上位の自己(higher self)に繋がるための案内となるヨガの実践についてです。

[ブラーマニー] 瞑想なしでヨガすることはできるでしょうか?もちろん、イエスです。それは、多くの効果のある素晴らしい練習です。しかし、道を歩き通すことはできないでしょう。瞑想の実践により、私たちは心の反応をみることができます。ハートで何が起きているのかを感じ、慈悲深い自己観察の練習をするのです。私たちは反応している心ではないのだと認識できます。私たちは、実は、すでに気づいて目覚めた、無限で永遠の存在なのです。その空間では、自分自身は周囲の環境条件へ対して反応するものではないと認識することができます。その空間に長くいればいるほど、心の習慣から生きることがなくなります。

[ジャショダ] 今日、瞑想とよばれるものは、実際には集中する練習です。瞑想は教えてもらうことはできません。それは、そこで起きる体験だからです。ジャック・コーンフィールドはこんなことを言っていました。「瞑想は偶然に起きる出来事です。しかし、練習しているとその偶然に出会いやすくなります」

瞑想の効果とは何ですか?

[ブラーマニー] 座って何が現れるか待っているのは、まるで私たちの習慣的パターンに気づきの光が注がれ、自分自身をとても親密なあり方で知るようなものです。瞑想は自分を知り、自分自身についてユーモアのセンスを持つための実験室となります。スワミ・クリパルは、「慈悲深い自己観察こそが、最も重要な鍵である」と説きました。人生の驚きや喜びに対しオープンでいる時、私たちは自分たちの多面的な側面のすべてを生きているのであり、また、人生をどう生きるかという選択ができるのです。「私は自分の心ではないのか?私は自分の考え通りに振る舞わなくてもいいのか?」そのように私たちが初めて気づく時、それはまさにワオ!と驚く瞬間なのです。それは非常に大きな天啓であり、認識です。

[ジャショダ] 人々にとって最も力強い学びは、間違いはないということです。実践することはただ座って意識を向けるだけです。ヨガのポーズをしていようが、夕食を作っていようが、お皿を洗っていようが、それは、一瞬一瞬の体験に注意を向けることです。ということは、実際には私たちの人生で行うすべての行為に活かせるのです。

定期的な瞑想の実践から、数多くの素晴らしいことが起こるのに、私たちの多くは非常に強い抵抗をしています。飽きてしまうんじゃないかとか、見たくないものがでてくるのではないかとか心配なんです。どうしたら、瞑想を始める時の抵抗を克服できるでしょうか?

[ジャショダ] それは、部分的には文化的な問題です。私たちの文化は、しないことより、することへの傾向が強くあります。そういう人々にとって、ただ座っているというのは、とても恐ろしいことでしょう。私がしたことでもあり、また、生徒達にも奨励していることは、自分自身に誓う(コミット)することです。誓いがあれば、決断(する必要)はありません。そして、自分にできる誓いをすることです。自分のクッションに10分間座る時間を持てますか?スピリットロック瞑想センターのある教師は、「クッションに腰を降ろして、とにかく始めなさい」と言っています。ヨガマットに立つことへの抵抗にも同じことが言えます。でもそこへ行けば、起きるべきことが起こります。抵抗は、何か他のものと共にいようする心の状態です。

[ブラーマニー] 教師として、私たちは異なった性格の、異なった生徒たちのためのツールバックを持っていないといけません。それが、なぜたくさんの異なる種類の瞑想の実践法があるのかの答えです。教師として私たちは、第三眼の瞑想や、心を開くための瞑想や、慈愛の実践、またはマントラの実践など、いろいろな可能性を提供する必要があります。

[ジャショダ] それはちょうど、ダライラマが異なる宗教があるのは、異なる人々がいるからだと話していたようなものです。瞑想もそれと同じです。私たちのメキシコのダルマ(法)グループでもそのようなことが起きています。呼吸を追うよりも、音を聞く方が集中しやすいという人もいれば、ソーハムマントラの練習がより簡単に心を静かにするという人もいます。

お話によると、ハタヨガは元々何世紀も前に、瞑想のための体を準備するために発展したとのことですね。それは、瞑想は常にクラスや個人のサーダナの最後にすべきという意味ですか?

[ブラーマニー] アーサナやプラーナヤーマを行った後の方が、座るのは簡単ですが、シーケンスの中だと、大抵は瞑想は手短になってしまいます。私は瞑想を最初に、真正面に置くことがいいと心底信じています。なぜならそれが最も重要だからです。

[ジャショダ] 朝起きて、最初に座り、自分自身と共にいて、注意を向けるというのは、アーサナやプラーナヤーマを一通り行った後に座るよりも難しいです。と言うことは、教師として、90分のクラスにすべてを含めようと明確な意図を持ったとして、突然、予定の3/4しか終えていないのに、あと10分しか残ってないとします。そんな時は生徒に、切り上げてどうなるか様子を見るように勧めます。こういったことのすべてが体験なのです。仏陀は、私の言葉に捕われずに、外へ出て自分で試しなさいと説いています。

[ブラーマニー] すべてを体験としましょう。自分の人生を体験の場とするのです。これが役に立つか立たないかは、自分の人生が教えてくれるでしょう。もし、人生を体験として生き、結果に注意を向ければ、いつでもそこから情報を得ることができるでしょう。そうしたとき、私たちは自分自身と共にいられないわけがないでしょう。そのための時間を生活の中で作れないわけがないでしょう。そして、私たちの本質である喜びに触れる十分な価値が私たちにあると考えないわけがないでしょう。

[YOGA BULLETIN 2011年夏号より抜粋]

2016-05-06

カテゴリ: Kripalu Newsletter

 

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